みなさんは、自信を持って生きていますか?
自分は、他の人より劣っていると感じている人は少なくは無いのではと思います。
私は、昔、自分に自信を持てなくて、劣等感を持ちながら生きてきました。
劣等感を抱いていると、何をしていても積極的に取り組めないし、楽しくありません。
本記事では
- 自分に自信を持てない方
- 他人よりも劣っていると考えがちな方
へ向けて、劣等感の塊だった私が経験したりしたことをお伝えします。
何かの参考にしていただければ幸いです。
本記事を読み進めることにより
- 劣等感から開放される方法がわかる
- 自分に自信を持つことができる
ようになります。
少しの時間お付き合いくださいませ。
はじめに結論から申し上げますと
劣等感を克服するには
- 劣等感を受け入れる
- 劣っている部分を努力で乗り越える
ことです。
詳細は後述します。
自分は他人よりも劣っていると考えがち
多くの人は、他人が自分より優れている部分をよく見がちです。
その一部分について、他人が自分よりできているだけなのに…
その一部分を見て、自分は他人よりも劣っていると考えてしまいます。
劣等感を抱くことで
- 内向的な性格
- 自分のことが好きになれない
- 自虐的発言が多くなる
ようになります。
内向的な性格
劣等感を抱くことで、自信を持つことができなくなります。
自信がないので、他人に声をかけることができないといった感じになります。
自分のことが好きになれない
劣等感を抱いていると、自分の事が好きになれません。
- 失敗ばかりに気が向く
- 他人よりも秀でたものが見つからない
- 他人よりもラッキーな事がない
- 人体的な部分(容姿、声など)でも他人より劣っている
失敗ばかりに気が向く
劣等感を抱いていると、小さな失敗や失敗にならないことに過剰に反応してしまいます。
だから自分はダメなんだ!なんて思ってしまいます。
負の螺旋階段状態です。
他人よりも秀でたものが見つからない
学生時代だと、勉強や運動が他人からの評価基準になります。
同じ学年、学級、クラブには、とても優秀な人がいます。
自分と比べてしまうと、みんなはすごい!と考え、自分はだめだーと思ってしまいます。
他人よりもラッキーがない
思いがけず起こるラッキーは、自分にはなくて、他人のラッキーに注目してしまいます。
自分は不幸なので、ラッキーは来るはずがないと考えてしまいます。
ラッキーがあっても気づけていないだけなのに。
人体的な部分でも他人より劣っている
テレビなどで、タレントさんを見る機会は多いです。
容姿や声が素敵な人が多く出ています。
容姿や声の偏差値が高い人達を見てから、自分の顔を鏡で見てしまうと、どうしても劣って見えます。
もう少しイケていると思っていたと感じてしまい、がっかりするなんて。
仕方がないことなのですが。
自虐的発言が多い
劣等感を抱えていると、自分に自信がなく、失敗を恐れるあまり、はじめから自虐的な発言をしがちです。
そうすることで、失敗しても、言い訳が立つようにしているのです。
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劣等感を抱いていると行動できない
劣等感を抱えていると、自信が無いためにマイナスな思考がはたらき、行動の邪魔をします。
- 自分の可能性に限界を設けてしまう
- 結果を妨げる思考、感情、行動が生まれる
- 自己否定、あきらめ、被害者意識を持ってしまう
- 私は能力がない、私はできない、私は無能
など、もう一歩、突き抜けることができない状況になります。
積極的に行動するには、劣等感を取り払わないといけません。
劣等感を対処したい
私は長年劣等感と付き合っっていて、すこし誤解していた部分があります。
-
冷静に観察してみると意外に普通だったりする
-
劣等感はどうにもならないと思っていた
-
劣等感を克服する方法はある
冷静に観察してみると意外に普通だったりする
私は、自分だけが劣っていると考えていました。
しかし、よくよく周りを見渡してみると、私と同じだったり、もっとひどい人がいます。
私が抱いてきた劣等感というものは、主観的な思い込みによって生み出されたものだったのかもと思うようになりました。
劣等感はどうにもならないと思っていた
劣等感は外的要素が強く、自分ではどうにもならないものと思っていました。
冷静になって考えてみると、考え次第でどうにでもなるのではないか。
さらに、劣等感からくる内向的思考は、物事を冷静に見ることができるのメリットにも気づくことができました。
内向的思考は、物事に対し、深く考えたり、多くの事に気づきくことができます。
なので、外交的ポジティブ人間と違って、冷静に物事を判断できるので、効率的な計画を立案し、大きな失敗を避けることができるのです。
劣等感を克服する方法は実にシンプル
劣等感は、考え方と行動で克服できます。
劣等感を克服する方法
- 努力
- 受け入れる
ことです。
努力
自分が劣っているところは、努力によって克服できます。
努力することで、自分が成長している感覚を得られることで、劣等感はなくなっていきます。
さらに、努力が実を結ぶことで、劣等感が優越感になり得るのです。
受け入れる
自分が他人よりも劣っていることを受け入れることで、劣等感は減少します。
その劣っていることを努力で変えられるのであれば、努力すればいいわけで、
どうやっても変えられないものは、自分の特徴として、受け入れてしまえばいいのです。
例えば、自分の顔が気に入らないとしても、それが自分なのだと受け入れるしかありません。
自分は見にくいと思っていても、他人なんて、見ちゃいないし、気にしているのは、自分だけだということがわかります。
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幼い頃から私は劣等感を抱いてきた話
私は、幼い時から人より劣っていると感じていました。
小学1年の時の徒競走では、ダントツのビリ。
先を行くみんなの背中を見ながら、一生懸命走っているのに、競うこともできない。
その時から、運動会は大嫌いになりました。
小学3年の時に学年でマラソン大会があり、1キロちょっとを走るのですが、これもビリではなかったものの、後尾のいちでヘロヘロになりながらゴールしました。
辛い思いをして走したにもかかわらず、結果は散々。
マラソンは嫌いなものと認識されました。
さらに、この時期から母親が何か習わせた方が良いと考え、柔道を習うことになりました。
学校の同級生も数人習っていました。
ガリガリ少年だった私は、全くっていいくらいパワーがありませんでした。
筋力がないので、練習は辛く、投げられたら受け身をとっても痛いですし、試合に出ても勝てないので、私にとって、楽しく、充実したものから遠くかけ離れたものでした。
全くやる気のない私は、ある日、練習に出かけると見せかけて、家の近くに庭園用の岩置き場でサボっていました。
それから数回、ズル休みを繰り返しました。
人生初の逃げです。
その事が私の劣等感を強くしたのかもしれません。
その後、母親にバレて、そんなにイヤならと、柔道を辞めることになりました。
私が過ごした地域では、昔からスキーが盛んです。
私は、小学4年からスキー少年団に入りました。
もちろん、私の意思ではなく、ひとつ上の兄がやりたいという事でしたので。
年子の兄弟はなんでも一緒にやることが、当たり前になっていましたので、今回も一緒です(柔道もです)。
スキー少年団には入団試験があり、基礎体力をチェックされました。
試験の結果、ほとんどの同級生は合格していました。
私は落選。
この時に色々感じたことを覚えています。
格好悪い、情けない、惨め、ダメダメでした。
一度は落選したのに、二次募集があり、入団できました。
入団はできましたが、スキーは下手くそでした。
練習では転んでばかり、試合に出ても記録はでない。
劣等感は感じつつも、友達とワイワイできたので、楽しい部分はありました。
競技スキーは、中学、高校に進学しても続けました。
流石に、続けていると上達はしますが、周りを負かすくらいにはなりませんでした。
この時期は後輩もできます。
上手な後輩がいて、その後輩にも勝てないので、さらに格好悪く、劣等感がハンパなかったです。
先輩との上下関係も激しかったですし、練習もきつく、精神的には厳しかったです。
自分の成績が良ければ充実したものになりましたが、なんせ、不器用なもので…
現役選手もOBの先輩方も優秀な選手が多く、全国大会出場が当たり前のようになっていました。
大相撲の番付順ではありませんが、なんとなく、成績で地位が決まる雰囲気がありました。
そんな感じに嫌悪感を抱いていました。
今になっても、大昔に卒業したのに、OB会が未だにそんな雰囲気を感じることがあるので、できるだけ関係を持たないようにしています。
このような流れで、劣等感人生を送ってきました。
そんなダメダメ人生でしたが、小学校の5年のときの運動会に、徒競走で1位なりました。
たまたま入った組が良かったのか。
翌年も1位でした。
えっ?
中学校では、スキー部に入部し、雪のない時期の練習は、陸上トレーニングが中心でした。
長距離を走るのですが、ダメダメな辛い記憶が残っていて、ついて行くことができずに落ちこぼれるかもしれないという恐怖感がありました。
予想に反して、全然着いていけますし、先輩よりも速く走れるくらいです。
成長によるものなのでしょうか?
大嫌いな長距離走でしたが、速く走れるようになると、苦ではなく、楽しくも感じられます。
高校生になっても、体育の授業では、色々な種目を行いましたが、周りの生徒の方が私よりも劣っていました。
私は、スキー部で色々な種目の運動をしていたことが原因かもしれません。
それと、周りの同級生は、何も運動をしなくなっている人が多くなっていたからなのかもしれません。
結論
人より劣っていることを認め、コツコツ努力してみる。
苦手なことがあっても、恥ずかしがらず、隠さず、素直に表現する。
実は、劣等感を持つ必要がないことがわかる。
人より劣っていると感じると不安になる
自分の能力、容姿など、自信を持つ人は少ないと思いますが、極端に劣っていると思うと、不安になってしまいます。
気にする必要なんてないのに、つい、周りと比べてしまいます。
隣の芝は青い状態ですね。
過度に気にしすぎているだけでしたね。
評価が気になる
当たり前のことですが、自分に対する評価が良いと気持ちがいいですよね。
悪い評価だと、自信喪失や否定したくなります。
大切なことは、良い評価はさらりと受け止め、悪い評価を今後の肥やしにすることを重要視するべきです。
悪い評価は無視したくなりますが、より成長するには、その意味を理解し、向上していくことです。
悪い評価はありがたく、利用しましょう。
過度な自信は危険です
自信を持つことはとても大切です。
しかし、過度な自信は危険です。
調子に乗りすぎると、足元をすくわれる結果になりかねませんから。
謙虚に行きましょう。
過去に感じた劣等感を利用
去年の秋に高校の同窓会がありました。
卒後30周年ということで、大掛かりな会でした。
その会の終盤、各クラスからのテーブルスピーチがありました。
私のクラスの番になり、突然、私が指名されました。
ヤバイ、どうしようと思いましたが、いくらかお酒も入っていたし、なにも考えず、マイクを受け取りました。
話し始めたのは、高校時代の劣等感ネタです。
みなさん、私は高校時代地味でしたが、ご存知の人いますか?
いましたら手を上げてください。
会場は大爆笑して、多くの人が挙手してくれました。
周りの友達には彼女ができて羨ましかったことなどがスラスラ出てきました。
昔の劣等感のおかげで、終始爆笑させて終えることができました。
まとめ:劣等感を抱えて苦しんできた
劣等感を持つのは仕方のないことかもしれません。
しかし、そのことで、自分を追い詰めるのは間違いです。
周りの人より劣っているのなら、素直に受け止め、隠したり、ごまかすことはやってはいけません。
もし、劣っていることがイヤであるのなら、覆す努力をしましょう。
結果を急ぐと、自分に負荷がかかりすぎるので、落ち着いて努力しましょう。
その努力が自信につながります。
自分が人より劣っていると思っていても、他人は何も思っていないことが多いのです。
なので、自分で劣っていると思っても、それを受け入れて、自分の特徴にしてしまいましょう。
劣等感は、事実を受け入れ、努力で解決できるのであれば、自分が努力で成長してしまうことで、解消できることを認識しておくことが大切です。
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