根気強く無意識領域に教える!
自分に厳しくすることが良い行いだと信じてきた私は、
ここ最近になって、自分を追い詰めることの非合理であることがわかりました。
それからというもの、自分を甘やかすことはないものの、
決して厳しくしないことを自分に約束したのです。
それでも、何かの折に、自分にピリッとさせてしようとして、
ストレスを感じてしまうことがあります。
自分に優しくしようと決意したにもかかわらず、
無意識の領域では、うまく伝達ができておらず、
これまで通り、自分に厳しくするのが当たり前のままになっています。
それに気づいた私の意識は、すぐに訂正し、優しくなるのです。
今回は、意識と無意識についてのお話です。
頭で理解しているつもりでも、うまくいかないことがある方向けです。
何かの参考になれば嬉しいです。
頭では理解していても、無意識領域が変わっていない
私は、職場の人間関係の悪さに耐えきれず、5ヶ月前に仕事を辞めました。
それを期に、考える時間が増えたので、これまでの自分について見返してみたのです。
私は、真面目気質なところがあり、不器用だったことが多いと感じました。
自分に厳しいところもそうですが、もっと楽しく生きてみようと決めました。
それまでは、ストレスを抱えやす性格だったので、
それらを変えるべく、ゆとりある思考法に変えたはずだったのです。
今までのような収入はなくなったけど、妻の収入や失業保険、蓄えもあるので、
近々には生活は困窮することがないと自分に納得させました。
それでも、時々不安が襲ってきます。
収入がない、どうしよう…
大丈夫だと頭では理解しているし、不安になる必要はありません。
それでも、無意識にそういう思考をしてしまいます。
これは、長年に渡って、自分自身に「お金がなければ生きていけない」と植え付けてきた妄想です。
仕事を辞める前にたくさん悩んで解決し、退職を決心したはずなのですが…
やはり、自分の無意識の領域にしみついたモノを払拭することは容易くはないのですね。
何度でも繰り返し、意識を変えていくしかありません。
頭では理解していても、無意識領域が変わっていないので注意する
普段の生活の中で、無意識の領域には注意した方がいいです。
幼い頃、横断歩道を渡るとき、「右を確認、左を確認、最後にもう一度右を確認」って教えられませんでしたか?
左右を確認したのに、最後にもう一度右を確認する理由がわかりませんでした。
最後にもう一度右を確認をする必要があるのなら、さらに左を確認刷る必要があるので、
永遠に左右確認をしなければなりませんね。
私は車を運転するのですが、信号のない交差点では、左右2度ずつ確認しています。
これには、無意識が関係しているのです。
私たちの脳は、脳の負担を少なくするため、私たちに思い込みをさせます。
例えば、いつもドアを開けて入る場所があるとしましょう。
いつもと同じドアの向こうは、いつもと同じ光景が広がっていることを想定し、実際にそうでしょう。
脳は、ドアの向こうの情報を新たに取り入れるのではなく、
これまでの記憶から情報を創り出し、作業を省略しているのです。
そして、変わった箇所だけ上書きしているにすぎません。
さて、話を車の運転に戻しましょう。
交差点では、きっと対向車は来ないだろうという思い込みによって、脳が処理してしまうので、
危うく衝突事故になりかけたことがありました。
なので、右、左、右、更に左を確認するようにしています。
無意識が創り出した映像ではないことを確認するためです。
いつもの光景によほど目立つ変化がなければ、スルーしてしまいます。
無意識には、そういった危険もあるので、理解し、うまく付き合っていきましょう。
頭では理解していても、無意識領域が変わっていないので受け入れる
私は、仕事を辞めたお陰で、人間関係のストレスがなくなりました。
ネガティブな感情になることもなければ、触れることもほぼなくなったのです。
自分がネガティブな反応をしない限り、平和に暮らすことができるようになりました。
なので、他人の悪口を言うことはなくなりましたし、
テレビを見て「この人馬鹿じゃないの?」と思うことも言うこともなくなったのです。
これらは、自分がネガティブなことを思ったり、
言ったりすると、ストレスを感じるということがわかったためです。
それでも、時々、何かの拍子で、ネガティブなことが無意識に湧いてくることはあります。
自分が夕食後の片付けをしているとき、妻がテレビを観て笑っている時、
「どうして俺だけが食器洗いをしているんだ!」とイライラすることがありました。
イライラしなように意識していますが、無意識に湧いてきたネガティブな感情は、受け入れるようにしています。
「このイライラの原因は何?」と。
「これは、慣れていない食器洗いに対して、多くの食器に対し、作業手順が決められないことに困惑しているんだ!」と理由がわかります。
意識的にネガティブな感情を出さなかったり、気にしないようにしていますが、
無意識な領域が反応してしまったときは、「まだ理解できていないから仕方ないよね!」と受け入れるのです。
運動と同じように、意識では理解できても、無意識でできないことは当たり前のようにあります。
なので、焦らずゆっくりと、無意識の領域でも理解できるように、根気強く教えていくのです。
まとめ:頭では理解していても、無意識領域が変わっていない
頭では理解していても、無意識の領域では、理解できていないことは多いです。
自分に厳しくしてストレスを与えないと意識していても、
無意識の領域では、反射的に自分を責めてしまうことがあります。
そのたびに、それは違うと無意識の領域に教えていきます。
私は、これまで不器用に苦しんで生きてきたから、これからは、楽に楽しく生きることを決めました。
それでも、昔の名残で、不器用な部分がでてしまうことがあります。
「そうじゃないよ!」と少しずつ変わるように教え込んでいきます。
普段の生活の中で、無意識の領域には注意した方がいいです。
私たちの脳は、脳の負担を少なくするため、私たちに思い込みをさせます。
脳は楽をするために、映像を記憶や思い込みで映し出すことが多くあります。
交差点では、きっと対向車は来ないだろうという思い込みによって、
脳が処理してしまうので、危うく衝突事故になりかけたことがありました。
なので、右、左、右、更に左を確認するようにしています。
無意識が創り出した映像ではないことを確認するためです。
私は、仕事を辞めたお陰で、人間関係のストレスがなくなりました。
ネガティブな感情になることもなければ、触れることもほぼなくなったのです。
自分がネガティブな反応をしない限り、平和に暮らすことができるようになりました。
それでもたまに、無意識の自分がネガティブなことを発することがあります。
それはそれとして、受け入れています。
少しずつ、「そうしないときめたはずだよ!」と無意識領域に伝えて、
心穏で、楽しい人生に意識的に、そして無意識でもしようと思います。
関連記事です。