ストレス

トラブルが続いても自分を見失わない【自分の心を客観的に見つめる】

トラブルが続いても自分を見失わない【自分の心を客観的に見つめる】


イライラしそうなときは、自分を客観的に見つめてみる!


人生を歩んでいると、思いもよらないトラブルは、必ずあります。


その大きさは、様々ですが、トラブルが単体であるのなら、それに集中できるので、余計な混乱はありません。


しかし、複数のトラブルが重なって起きると、心中おだやかではなくなります。


 


最近、私にも複数のトラブルが起こり、ショックを受け、少し混乱しかかったことがありました。


そんなときに、客観的に自分を見つめてみました。


今回は、複数のトラブルで、乱される自分や、自分だけどうして?という思いについて考えてみました。


 


本記事では




  • 自分だけ不幸だと思っている方

  • 複数のトラブルに悩んでいる方

  • 努力しても報われないと思っている方



に向けて、私の考えをお伝えします。


なにかの参考になれば幸いです。


 


本記事を読み進めることで




  • 自分は不幸でないことがわかる

  • トラブルを解決できる

  • 努力を継続できる



ようになります。


しばらくの時間、お付き合いくださいませ。


 


はじめに結論から申し上げますと




  • 自分の考え方次第

  • 冷静に対処する

  • 周りや結果にはこだわりすぎない



ということになります。


詳細は後述していきます。


 


自分だけうまくいかないのは思い込み



私は、幼い頃から、「自分は不幸だ!」、「自分には能力がないから何をやってもダメに決まっている」と強く思い続けてきました。


実際、結果も私が幸せを感じるようなものではありませんでしたし…


結果にばかり注目していた私は、あるとき、その結果のために努力している同級生の姿を目撃しました。


それは、小学6年生の冬でした。


努力ってなんだ???


自分より結果を出している人は、私よりも努力していた。


むむっ…


「能力がない自分も、努力したら、少しは良くなるのかな?」と考え、少しだけ努力をしました。


その努力には、目に見える結果は出ませんでしたが、その時の私は、何か得るものがあったのだと思っています。


そして、私は、その時の気持ちを持ちながら、成長していきました。


それからというもの、努力することは、自分の未来を切り開くきっかけになると信じています。


自分は、努力して、ようやく他人と同じになれるんだと思っています。


私には、努力することが必要だと考えるようにしています。


 


あわせて読みたい
子供の頃、不得意だったけど、続けることで、人生が変わるかもしれないfifblo.com

 


私はアラフィフですが、今までに、「どうして自分だけが…」と思うことが色々ありました。


みなさんもきっとそういった経験があるのでしょう。


でも、このようなときは、いつまでも悲観的になっていては、何の解決にもなりません。


冷静さをかいた姿を見せ続けていることは、頭の悪さを露呈することになります。


解決するために、冷静になって事柄を見つめ、一歩ずつ進むしかありません。


起きたことをマイナスに捉えて、嘆き続けるのか、


仕方ないとプラスに捉えて、少しでも早く前に進むかは、その人の考え方次第です。


同じ出来事であっても、捉え方が違えば、その後の結果は大きく変わってきます。


自分にできることとできないことを判別して、できることだけに意識を集中することに注力するのです。


 


トラブルは起きるものと考えよ



なにか物事をなすとき、予定通り進むことは、とても喜ばしいことです。


いつも行っていることであれば、手順や、起こりうるトラブルをある程度想定できますので、それほど気を張り詰めなくても大丈夫です。


逆に、初めて行おうとしていることや、ほとんど経験のないことをしようとすると、予期しないトラブルが起きることがあります。


私達は、このように何が起こるかわからないことに、恐怖するため、経験のないことを避けようとしています。


トラブルというリスクに臆することなく、たとえトラブルが生じたとしても、冷静に対処することが大切です。


 




  • 重要なこと、重要でないことに分ける

  • できること、できないことに分ける

  • 重要で、できることから手を付ける



このように、やることさえ決めていれば、恐怖を抱く必要はありません。


新たなことでも、いままで行っていることでも、トラブルって起きるものだと思っていれば、嘆き悲しむ必要はないのです。


私達にできることは、限られていて、能力以上のことはできません。


冷静でいなければ、できることさえできなくなります。


まず、冷静に。


そして、できること、できないことを分別する。


できることをやっていくのです。


何も悲観することはないのです。


 


一生懸命やっているけど、努力が空回り



私は、中学になる少し前に努力することを学びました。


昔は、努力は即効性があると思っていました。


しかし、努力の成果がすぐに現れたことはありません。


よほど長期計画で行わない限り、成果に即効性はないのです。


私達が考えるているよりも、期待通りの成果はでないものなのです。


それは、忘れた頃にやってきます。


期待はずれだったとあきらめていると、ふとした時に、成果が顔を見せます。


なので、一生懸命努力しているからといって、結果が伴うとは限らないのです。


というか、ほとんど期待したとおりにはなりません。


大切なことは




  • 結果を期待しすぎない

  • コツコツ継続する

  • 他人を気にしない

  • 頑張りすぎない

  • 自分の歩みを止めない



ということ。


結果ばかりに気をとらわれていると、努力に集中できなくなるので、結果を期待しすぎないこと。


結果が伴わなくても、コツコツ継続するすること。


他人に成果に気を取られないようにすること。


他人を気にしているということは、他人の人生を生きていることになります。


自分は自分、他人は他人なのだから…


日本人は、勤勉なので、つい頑張りすぎる傾向にあります。


あまり自分を追い込みすぎると、体やメンタルに影響が出かねません。


なので、あまり頑張りすぎないことも大切です。


マイペース(ちょっと頑張り気味)で努力することが良いのだと思います。


色々と自分に気持ちが揺らぐことがあっても、自分の歩みを止めないこと。


 


あわせて読みたい
努力は苦にならない、やりたいからやっているだけ【努力できない人は悩まないで】fifblo.com

 


たとえ不幸なことが起きても受け入れる



日本人は、困りごとや元旦の初詣に神社に行って、お参りします。


神々様は、困った時に私達を救ってくださると思いがちです。


「困った時の神頼み」という、まったくもって自分本位な考えをしがちです。


 


本当の意味では違うのではないでしょうか?


未来の私達には、どんなことが起こるかはわかりません。


神頼みしたからといって、災難から救ってくれるわけではないのですから。


最愛の人を失うことだってあるし、その逆で、自分に起こることだってある。


この時に、嘆き悲しんでも何も変わりません。


つらく悲しい出来事が起こると、目の前が真っ暗になって、出口などないように感じてしまう。


しかし大切なことは、できるだけ早いうちに自分の中で受け入れて、前を向くしかないのです。


 


最悪な出来事を神様がいたとして考えると、別次元から客観的に見て、「最悪で最良の災難」としてとらえるのではないでしょうか?


今起きていることが最悪に見えても、結果的にそれで良かったとなることもあるのです。


幸運と思ったことが、実は失敗の元になっているかもしれないし、ピンチがチャンスになっていることもあるのだから。


 


まとめ



突然のトラブルにあたふたすることがありますが、冷静になって考えることが大切です。


特に、複数のトラブルに見舞われると、冷静になることが難しくなり、パニックを起こしやすくなります。


落ち着いて、考えることが大切になります。



  • 重要なこと、重要でないことに分ける

  • できること、できないことに分ける

  • 重要で、できることから手を付ける


一歩ずつ、解決に向かいます。


 


努力をしているのに、なかなか結果がでなく、空回りしていると感じることがあります。



  • 結果を期待しすぎない

  • コツコツ継続する

  • 他人を気にしない

  • 頑張りすぎない

  • 自分の歩みを止めない


が重要です。


その時に結果が出ていなくても、他人が上手くいっていても、自分を乱すことなく、努力することです。


 


突然のトラブルに嘆き悲しむこともあります。


何をするにも、トラブルが起きて当然と考えておくと、冷静に対処できます。


なにが起こるかわからないので、一歩踏み出せい人もいると思いますが、そんなの考えていたら、何もできなくなります。


怖がらずに行きましょう。


 


人生において、最悪と感じることも起こります。


その時に、できるだけ早く受け入れて、前に進むことが重要です。


その最悪と思われることが、「最悪で最良の災難」としてとらえることができるかもしれないのですから。


 


 

← トップに戻る